2011年1月24日月曜日

アントワープの楽チンな観光法

アントワープはそれほど大きな町ではありませんので、歩いても十分観光ができます。
でも、写真のような電動二輪車で移動する一団を見たときには、これだともっと楽チンだなって思いました。

なんという乗り物でしょうか。日本でも紹介されたことがありますが、日本だとこれは「原付車両である。従って免許が必要でヘルメットの着用も義務となる」なぁーんて面倒な話になったようで、実用化はまだ先のようです。
でも、ここではヘルメットこそ自転車用のものをかぶってはいますが、運転免許云々ということは言われないようです。


黄色のプレートに青い文字で「BOOK ME」って書かれてますけど、誰でも乗れるよっていうことなんでしょう。軽いですね。











この二輪車軍団を見たら急にビールが飲みたくなり、近くの路地裏にあるカフェに入りました。
なんだか分からないままに頼んだビールは赤銅色がとてもきれいなものでした。
ベルギーのビールは本当に種類が多く、同じものを飲むことがありませんでした。もっといろいろ事前に勉強しておけば、ベルギービールの真髄に触れるような飲み方ができたかも知れません。
(2010年9月)

ベルギー ルーヴェンの「石のレース」

ブリュッセルから東へ25kmほどのところにルーヴェンがあります。
13-14世紀ごろは、ブラバン公爵の居住地としてブリュッセルと首都を争ったほどの町だったそうです。

この町の中心にある市庁舎は、15世紀に建てられたフランボワイヤン・ゴシック様式のもので、ベルギーでは最も重要なゴシック建築だと言われている建物です。
その壁面にほどこされた繊細な装飾により、「石のレース」とも呼ばれているそうです。



















ルーヴェンは9世紀末までには文献にその名前が登場する古い町です。
市内に多くの歴史的建造物が残っていますが、その中でも有名なのが、上記の市庁舎と聖ペテロ教会(写真左)です。
現在のものは15世紀に再建されたものですが、その起源は10世紀後半という由緒ある教会だそうです。
中にはディーリック・バウツが描いた「最後の晩餐」があるそうですが、見ませんでした。




教会内部で一番目を引いたのは、木製の説教台です。ちょうど集会中で、写真を撮ることだけでもおじゃま、という雰囲気でしたので、あまり見ることができませんでしたが、木彫がすばらしく由緒正しいものであるように思われました。
(2010年9月)







2011年1月23日日曜日

アントワープ ノートルダム寺院

アントワープのノートルダム寺院は、ベルギーで一番大きなゴシック教会だそうです。
ここは、ルーベンスの最高傑作である祭壇画があることでも知られています。「キリストの昇架」「キリストの降架」「聖母被昇天」など、巨大な絵がこの大きな教会の壁に掲げられています。









こういう有名な絵があるところですので、入場料(拝観料というのでしょうか)がかかります。でも、内部は写真撮影が自由で、フラッシュもOKということですので、これはなかなか太っ腹です。

美術館でよく写真禁止、フラッシュ禁止というところがありますが、その理由は絵が傷むからだそうです。
ここにあるルーベンスの絵は、どれも巨大です。描くのにどれぐらいの時間がかかったでしょうか。





使った絵の具もハンパな量ではないでしょうね。
それだけの厚塗り絵画だから、フラッシュ攻勢にも耐えられるということなのかなって。

「フランダースの犬」の少年ネロは貧しかったためにこの絵を見せてもらうためのお金を払うことができませんでした。が、ある夜偶然にも画を覆う布が外されていました。月の光に照らしだされたルーベンスの祭壇画をネロ少年はやっと見ることができたけれど、その夜にネロ少年はパトラッシュとともに凍死してしまうのです。
ネロ少年は最期にこの祭壇画を見れたことで、その短く不幸な生涯を多少なりとも安らかに終えることができたのかも知れません。



ところで、この大寺院の一角に「アントワープのマリア像」があります。(写真左)
アントワープ市は、阪神淡路大震災の後、このマリア像のレプリカを友好と連帯、そして希望の印として神戸市六甲のカトリック教会に贈ったそうです。
(2010年9月)

ベルギーのサッカー メッヘレン vs リエージュ

ヨーロッパへ行ったら、どこかで一度はサッカーの試合を見たいと思っています。
今回は、ベルギーのメッヘレンでちょうどゲームがあったので見に行きました。
この時点で、メッヘレンはリーグの首位を走っているところ。相手は名門スタンダール・リエージュです。

メッヘレンは、ブリュッセルとアントワープの間に位置する、古くて歴史があるけれども小さな町です。かなり右よりの人が多いという保守的な町だとも言われています。
そんな中、スタジアムへチケットを買いに行きました。


チケットが買えるかどうか心配しながら、発売少し前にスタジアムへ着いたのですが、写真のように3人ほど待っているだけで、ちょっと拍子抜けしました。ヨーロッパのリーグ戦は、地元で年間通しチケットを買う人たち以外はなかなかチケットを買うことが出来ないという話を聞いたことがあるのですが、ベルギーリーグはそうでもないようです。
メッヘレンのチケット売り場は、写真のとおり、工事現場によくあるプレハブの現場事務所みたいなところでした。でも、ちゃんとユニフォームを着た選手の絵が描かれていて、サポーターの暖かさが感じられます。


さて、ゲームになると、さすがにヨーロッパです。サポーターは暖かいというより熱かった。スタンドの殆どは赤と黄色のメッヘレンサポーターたちで埋め尽くされていました。
声援もすごいです。声が大きいし、パターンがいろいろあります。サポーターは若い男の子が多いようでしたが、中年のおじさん、おばさん、それに子供たちも
相当混じっています。地元のチームを応援しているんだなって、そういう感じです。





ゲームは、リエージュの方が左右のオープンスペースをうまく使った攻めを見せていたのですが、1-0で地元メッヘレンが勝ちました。
地元が負けると、サポーターが暴れたりして危なくなることがあるので心配していたのですが、杞憂に終わり良かったです。
みんな、近くの原っぱにとめた車に戻り、長ーいじゅず繋ぎの車の列に並んで家へ帰ります。今日は勝ったからか、皆大人しく並んでいます。割り込みしたりクラクションを鳴らしたりするお行儀が悪い人は見かけませんでした。
(2010年9月)

2011年1月8日土曜日

オランダ ホールンは東インド会社で栄えた町

アムステルダムからアイセル湖に行く途中にホールンという小さな町があります。
昔、オランダ東インド会社が全盛の頃、おおいに栄えた港町で、船がジャワなどから持ち帰った品物を「アムステルダムに着く前に見たい」という気の短い金持ちたちが、このホールンで待ちかねていたという話です。

町の中心の広場に面して、17世紀に建たられた旧東インド会社所有の建物が残っていて、今は西フリージアン博物館となっています。
そのファサードの装飾はたいへん美しく、昔の栄華を思い起こさせるのに十分です。内蔵品も雑然としていますが豊富に残されています。





広場に面して、いろいろな建物がありますが、目を引くのは下の写真の左に少しだけ写っている灰色の壁の建物で、1609年建築の計量所(Waag)だそうです。
雨が降る少し暗い朝のホールンの町、濡れた石畳がとても印象的でした。
(2010年9月)

ベルギーで見た乳母車

ベルギーのとある町で見かけたオシャレな乳母車です。
一本のシャフトだけで支えられていて、少し不安定なようにも見えますが、デザイン性は抜群です。
まるで脚が長くて腰が高い位置にある、スタイル抜群の白人女性をイメージしたかのようにも見えます。
ハンドルも楕円形で操縦もしやすそうです。







本当はお母さんも一緒に写真に入ってもらいたかったのですが、写真の許可をくれた途端に乳母車から離れてしまいました。
アラブ系のように見える、肌の浅黒い女性でした。お母さんの写真はありませんが、その娘(息子かも)の脚線美だけをビニール越しですがお楽しみ下さい。
(2010年9月)

アントワープ ブラボーの噴水

アントワープの市庁舎広場にあるブラボーの噴水です。
アントワープはAntwerpen(アントヴェルペン)と書きますが、その名の由来となったのがこの像だそうです。
ブラボーとは、ブラバンド地方の起源となった古代ローマ兵士の名前で、そのブラボーの右手にある大きな手、これはその当時に暴れ者で知られた大男の手で、これがアント(「巨人の手」の意)。それを切り取って今まさに投げる(werpen: 投げた)というところからアントワープAntwerpen(アントヴェルペン)となったといわれています。

このブラボー像は見るのを結構楽しみにしていたのですが、実物は顔のあたりが鳥の糞か何かで汚れていたし、あまりハンサムでもなさそうな顔立ちでちょっとガッカリしました。




でも、切り取った大男の手首からも水が噴出していて生々しい印象だし、オリンピックの槍投げ選手のように筋肉質の身体を思い切りひねっているポーズが力強く感じられます。
このカンジだと、大男の手をずいぶん遠くまで投げることができたのではないでしょうか。

ブラバンド地方とは、ブリュッセルがあるブラバンド州のことでしょうが、それはアントワープより少し南になります。ブラバンド州は、北部ではオランダ語系のフランデレン語を、南部はフランス語を話すという両方の人々が混ざっている州です。

欧州の中央部にあり、何度も他国からの侵略を受けたベルギー。1830年にやっとオランダから独立したものの、大きくは2つの異なる言語を話す民族が「言語戦争」とも呼ばれる対立をし続けてきた歴史があります。
今はオランダ語圏となるアントワープでその昔ローマ兵士はどういう謂れで大男を退治したのでしょうか。
(2010年9月)

オランダの暴走族??

オランダのとある町でライダーたちが集まっているところです。
BMWありドゥカティーもあり、もちろんわがホンダもありました。
で、これらのライダーですが、フルフェイスのヘルメットを脱いでみろと、意外にも殆どが白髪頭の中高年、あるいは熟年層の人たちでした。
こういうバイクは高いので、やはり一定以上の所得がある年齢層でないと買えないということなのでしょうか。

この後、ライダーたちは一斉にこの広場を走り去っていきました。さすがに暴走するような年齢ではないので、急発進などはしませんでしたが、数十台のバイクが一度に走り出すときの轟音はすさまじく、広場の空気がブルブルと震えるようでした。



この古いスクーターも、このグループの一員だったようです。
どこのメーカーのものか不明ですが、ステップ上にある左足で操作するものは変速ペダルのようです。
あまり早く走れなさそうなこのスクーターもメンバーであれば、乗る人の年齢はとにかく、まず暴走することはなさそうですね。
(2010年9月)

オランダでの代表的な景色

オランダを車で走ると見える代表的な景色の写真を3枚ご紹介します。

どれも風車が見えているだけの、同じような写真ですが、特に北部の海沿いの道路ではこのような景色ばかりが見られます。










オランダを走っているときは、代わり映えしないなって思っていましたが、その後ベルギーやフランスの多少アップダウンがある道を走ると、こんなオランダの完全フラットな陸地と広ーくて青い空が懐かしくなってきました。

山も無くって、四角く切り取ったようなオランダの空が印象に残っています。
(2010年9月)