2011年7月29日金曜日

ブルターニュ ギミリオーの教会

ブルターニュではロマネスクの彫刻などが多く残っているが、そのかなりの部分がモルレー付近で見られると聞いたので、まずモルレーを目指して走りました。


この日もカーナビの調子が思わしくなく、たどり着いたところにはロマネスクのものはなさそうです。
きっと街中ではなくて、郊外の小さな村にあるのでしょう。
ということで、ハイウェイを通らずに地方道をトコトコ走りました。
こういう田舎道を走るほうがいろんなものを見ることができて楽しいですね。









途中、通りかかった村の教会です。
この地方の建物は少し濃い目の石造りのものが多く、また屋根の形に特徴があります。



田舎道を走っていると、三叉路の交差点にこういう十字架がよく建っています。
日本でいうと、道祖神かお地蔵さまのようなものなのでしょうか。道行く人(といってもみんな車ですが)が手を合わせていくか確かめたかったのですが、殆ど人通りがありません。
それより、考えてみれば、通る人が地元の人とは限らないので、見ていても仕方がないですね。.






よく似たものが、あちこちにありますけれども、要素は同じでもディテールが異なります。











道祖神を見ながら走っているうちに、ギミリオー(Giuimiliau)にいきなり到着しました。
この地方の教会はそれだけでなく、カルヴェール(Calvaire)と納骨堂、墓地などがセットになっていて、それらをあわせて「囲まれた聖教区(Enclos paroissial)」となるそうです。








この教会のカルヴェールはたいへん立派で、人物の数も200人にもなるとか。キリストにまつわる物語というか出来事が彫刻で表現されています。
建てられたのは16世紀後半ですが、遠隔地であるためか、ルネッサンスの影響などは見られないそうです。







こちらが入口の門です。












灰色の石造りの外観ですが、教会の中に入ると一転してカラフルな祭壇が目に入ってきます。
天井や壁の一部に木の内張りがされていて、石とはちがって優しい印象を与えています。




金色を多く使ったきらびやかな祭壇は、パステルカラーに塗られた天井の色とよくマッチしています。
教会内部にある石彫です。ロマネスクとはこういうものを言うのでしょうか。外のカルヴェールの彫刻の人物もそうなのですが、のどかで優しい雰囲気のものが多いように思います。
木彫の洗礼堂です。
教会の色鮮やかな内部と、美しいステンドグラスの両方を写したかったのですが、どうやっても露出がどちらかにしか合わず、結局こういう中途半端な写真になってしまいました。
聖書の中からの表現ですが、人形の家のようにかわいくてきれいです。
上の写真の上部拡大写真です。
石の柱と木の梁です。
木の梁にはきれいに彫刻が施されています。
ろうそくの容器までカラフルです。












ギミリオーを出るところの道路標識です。
ブルターニュ地方の人々の祖先はブリトン人ということで、ここでは地名の表示もフランス語とブリトン語の2通りで表示されています。
(下がブリトン語表記)








同じように2言語表示がある観光案内図です。
このあたりの地図ですが、茶色のマークが教会の所在地を現しています。この近辺にどれだけ多くの教会が残っているのかが分かります。ブリトン人はとても信仰心が厚い人たちだったのでしょう。
((2010年9月)





2011年7月27日水曜日

モン・サン・ミシェルの朝

モン・サン・ミシェルでの日の出を見ようと早起きしました。
まだ暗いうちに駐車場まで歩いてきて、日の出を待っていると、東のほうが明るくなって太陽が顔を出してきました。






 
もう半分以上、太陽が見えてきました。












空も明るくなってきました。












朝日を受けるモン・サン・ミシェルです。
赤く染まっているせいか、その姿が少し優しく見えます。











「本館」に戻って朝ごはんをいただきました。パンとコーヒー程度かと思っていたら、ちゃんとおかずもありました。パンもクロワッサンもおいしかったです。








部屋に戻って、ベランダから駐車場を見おろしました。
たいへんです。もうこんなにたくさんバスが来ています。どこかこの辺りに泊まっていたグループがもう来たのでしょう。車もどんどん入ってくる様子が見えます。
早く行かないと、またあの混雑が始まってしまいます。





 城壁から下を見ると、グループがいました。今着いたところみたいで、ガイドさんから説明をうけていました。日本のグループのようです。










  入口付近の様子です。昨夜のあの淋しい大通りはもうどこにも見あたりません。
<世界の観光地>モン・サン・ミシェルの朝が始まったのです。









修道院も、青空をバックに毅然とした姿になりました。受入れ準備もOKです。











名残を惜しみながら、城壁の周囲を散歩しました。
それにしても、どこも坂か階段ばかりのところです。
モン・サン・ミシェルとも、これでお別れです。
1泊したけど、まだ見てもいないところがたくさんあるし、また来たくなるところです。
モン・サン・ミシェルは日帰りで行くのと泊まるのとでは印象が全く違います。できれば泊まって、それも2泊することをお勧めします。
(2010年9月)









2011年7月26日火曜日

モン・サン・ミシェルに泊まる

 モン・サン・ミシェルでのお宿サン・ピエール別館の壁にかかった看板です。

今回泊まった中で、このホテルが一番高くて狭かったですが、でも泊まったおかげでいいことがたくさんありました。
空はまだ明るいけれども、そろそろ夕方です。
建物の間にまでは、もう光が入ってきません。
もうすぐ夕暮れが近づいてきます。


夕食は、ホテルの「本館」レストランでいただきました。オーベルジュということですから、どちらかというと食事を提供したのが先なのかも知れません。

いただいたワインのラベルにもAubergeとありました。







前菜にはムール貝が出てきました。オランダ、ベルギーでもさんざんいただきましたが、何度食べてもおいしいものです。
家内には、魚貝類の盛り合わせです。海の幸を満喫できます。
写真を撮り忘れましたが、メインはラム串とラムのカツで、そのあとチーズフォンデュがでて、デザートというコース料理でした。







ちなみに、この食事はこのお宿の1泊2食付プランについてきたものです。全部で200ユーロしか払っていないのに、メニューにある@36ユーロのお食事が提供されました。宿泊客には割り引きがあるということなのでしょう。素泊まりもできますが、2食付にするととてもお得になります。








食事のあと、大通りを通って夜景見物にでかけました。

途中にあった、モン・サン・ミシェル名物の巨大オムレツのお店です。
ちょうど、長い柄の大きなフライパンでオムレツを作っていました。




さびれた裏通りみたいですが、実はこれ夜の大通りです。
夜になると、昼間の喧騒がウソのように静かになります。日帰りで来る人がそれだけ多いというか、中にはあまりお宿が無いから人がいないということなのでしょう。

城門入口に近いところまで下りてきました。
日本語の看板も見えますけれども、ガランとしてさびしいぐらいです。

 駐車場から撮った写真です。すっごく寒くて手がかじかむようでした。
ちょっとボケていますが、実物は冷たい空気の中で凛としてとても美しかった。
モン・サン・ミシェルにはやはり泊まらないといけません。
(2010年9月)






モン・サン・ミシェルの修道院



 モン・サン・ミシェルの修道院の尖塔がホテルの近くからでも見えます。
これから修道院へ上って行きます。










当然のことながら、上り階段がずっと続きます。
この修道院は10世紀中頃に本格的に建築され始めて以来、15世紀ごろまで増・改築を繰り返したそうで、したがって建築様式もそれぞれの時代のものが残っています。









 だいぶ上ってきたけど、尖塔の上の大天使ミカエルの姿が確認できるところまではまだまだ先です。
 この回廊は13世紀のものだそうで、回廊を含む僧院は、ラ・メルヴェイユ(傑作)と呼ばれるモン・サン・ミシェルのハイライトです。

回廊は、円柱が2列に並んで立てられ、瞑想するのにふさわしい神秘的な空間として設計されました。

そうは言っても、ここにはどんどん観光客が入ってきて、あちこち歩く回っては写真を撮っています。
観光シーズンの昼間は瞑想よりも迷走する人の方が多いようです。
 円柱の天井に近い部分の拡大写真です。
回廊中央にはベニハナカノコ草が咲いていました。
 周囲の海の様子です。
ちょうど引き潮になってきていたようで、水は残っていましたが、もうかなり砂地が見えてきています。










同じく、周囲の海の様子です。小島が見えますが、そこまでもう歩いていけそうです。
干潮時に歩いたり、馬に乗って対岸に行ったりするツアーがあるそうです。自分でも行けそうですが、様子が分からない人が勝手に行くと危険なので、ツアーに参加するのがよい とのことです。


 
 左は修道院内に残っている大車輪です。かつて牢獄としても使われたことがあり、この車の中に人(囚人か?)が入ってこの車輪を回し、下から荷物を引き上げたりするのに使われたということです。








大車輪のすぐ外の壁を見下ろしたところです。
上の大車輪に繋がっている鎖が城壁の下の方まで伸びています。これが下から荷物を引き上げる エレベーター代わりというわけです。











下層の土台部分にある柱です。間隔がすごく狭く、人一人やっと通れるぐらいですが、これは上へ上へ増築したため、その重量を支えるための柱を追加する必要があったからだそうです。
写真に写っているのは2本だけですが、このあたりは象の脚みたいに太い柱だらけでした。










  で、大天使聖ミカエルですが、私の5倍ズームカメラではどうしてもその姿を捉えることができず、やむなくギフトショップにあった絵葉書の写真になりました。
遠目でもすごく金ピカでちょっと近寄り難いイメージでしたが、絵で見ても同じでしたので結局絵はがきも買わずに帰ってきました。
(2010年9月)