1879年から80年にかけて、ゴッホが住み込んだドゥクリュック家の住居がモンスから僅か3km離れたキューム村というところに残っています。
このあたりは炭鉱が多いことから、ゴッホはここで炭坑夫たちの生活の様子を多く描いたそうです。
家の中は博物館になっていて、オリジナルの絵が一点だけありました。
ゴッホはこの地で画家になる決心をしたそうです。アルルやパリへ行くずっと前、あの暗い「馬鈴薯を食べる人々」(1885)の絵を描くずっと以前の話です。
だから、この家に画家ゴッホの原点があるということが言えるかも知れません。
家全体が傾いてしまったためか、入口ドアのヒンジは上下でずいぶん長さが違うものが取り付けられていました。
これは、おそらくオリジナルではなく、最近のものではないでしょうか。
裏に廻って見てみても、やっぱりすごく傾いています。
現在は2階に管理をする人だかが住んでいるそうで、その入口ドアが裏にありました。
家の周囲は湿っぽい森が続いています。
説明パネルにあった、ゴッホのお墓の写真です。
弟のテオのお墓と並んでいます。
(お墓はここではなくてフランスのオーヴェル・シュル・オワーズにあるそうです)
(2010年9月)